第9回

日本におけるギルド事情


日本独自とも言える形式のギルドが生まれた背景。

 ギルドという考えが日本でメジャーになったのはUOからだと思います。
 発売当初のUOは、実はギルドという考えが一般ではありませんでした。
理由は簡単で2つありました。
・日本人で本格的なギルドなんか今まで誰も作ったことがなかった。
・アメリカ的なギルドのやり方や自己流のギルドはことごとく崩壊した。
 それでもギルドはプレイヤーにとって必要不可欠でした。
 寄り集まって、仲間の利益を互いに保護しあわなければ、やってられなかった
ほど、ブリタニアは苛酷な世界だったからです。
 初期のギルドWarは殺るか殺られるか。
 幹部が殺され、鍵を奪われ、拠点場所を突き止められれば、
それまでの蓄えの殆ど全部を根こそぎ持っていかれました。
 泥棒に絶対に取られない金庫「セキュアボックス」が導入されたのは、UO発売
から3年以上も後の事です。

 UOでのLOGIN記事も印象的でした。
 銀行のスクリーンショットと合わせて書かれた標語
 『銀行で知らない人を見かけたら、全員泥棒だと思え!』
 そして、自分以外のPC(プレイヤー)に矢印でことごとく泥棒よばわり。
 ちゃんと対象プレイヤーが居るPCに向かって、とんでもないことに雑誌でですよ。
 外国なら名誉毀損も良いところです(笑) 
 でも、誇張でも何でも無く、ガードにやられた泥棒の死体なんて、24時間いつも
ごろごろ銀行に転がってました(笑)

 世界で最初に城を建てたギルドは他のギルドから集中攻撃をあびて崩壊
しました。
 1か月持たずに鍵を奪われ(鍵を付け替える事が出来るようになったのは
2年以上も後の事です)、城内に押し入られて中庭にルーンを刻まれました。
 ゲーム開発者の思惑を遙かに越えるプレイヤーの智恵にオフィシャルは対応が
追い付かなかったのです。
 バグだろうと何だろうと目的の為には手段を選ばす。
 やったもんがち、容赦などありません。
 スキルの低い弱者と初心者と何も知らない無知なプレイヤーはお祭りの夜店に
出てる射的の的同然の扱いを受けました。

 ゲームバランスは、一週間ごとに次々とパッチが当てられて唐突に変化したりす
る事は当初では当たり前でした。
 ギルドメンバーの為に制作した「必ず知っておくべきスタートダッシュ仕様の
攻略文書」はA4用紙出力で49ページにものぼり、洒落にならないペースで内容
変更と追記、検証と内容削除が繰り替えされました。
 そんな、楽しいけれど大部分の日本人プレイヤーにとって余りに苛酷すぎる世界
で、アメリカ式の
「最も強い者が全てを決めて他の弱いギルドメンバーを引っ張っていく」
様なトップダウンのギルドの運営は日本人には合わない事が具体的にギルドの
相継ぐ縮小と崩壊という事件の続発でわかってきました。

 そういった出来事を背景に、日本のギルドはどうあるべきか。
 そういう試行錯誤は、少なくは無かったですが、決してそれほど多くない人たちで
試みられました。
 ギルドの考えがようやく一般に定着したのは、日本サーバーが出来るちょっと
前ぐらいでしょうか。